国光が、日本に帰ってくる。

そう連絡を受けた俺は、断固として出迎えに行かないと言った。

だって、俺は国光を送り出してないから。

だから…迎える必要なんてない。

そう言ったら、桃先輩に怒鳴られた。


『馬鹿野郎っ!今逢わなかったら、何時逢うって言うんだよ!!』


確かにそうだね。国光がまたアメリカに戻ったら、もう二度と逢わないと思う。

でも…それで良いと思った。

俺と国光は、もう終わってるんだから………。

でもね、やっぱり悔しいんだよ。俺を捨ててまで、国光は何を追いかけたのか。

テニス馬鹿の国光だから、愚問かもしれないけど。

捨てられた俺としては、納得出来ないんだ。


「越前、大丈夫か…?」


武者震いのように、身体を震わせる俺に気付いた大石先輩が、声をかけてきた。


「平気ッス…」


なんてね、全然平気なんかじゃない。怖いんだよ、俺。

国光が俺を見てなんて言うのか…。

怖いんだ。俺にとって嬉しい言葉が出てくることは、まず在りえないから………。


「…そろそろだね」


不二先輩の言葉に合わせるように、国光らしき人の影が見えた。

隣には、外人が居る…。あれ…?


「ビリー…?」

「あ、リョーマか!?もしかしたらって思ってたけど、恋人の『リョーマ』ってお前だったんだな!!」


懐かしい流暢な英語が、俺の耳を掠めた。

国光らしい人をおいて、ビリーは俺のもとに走り寄って来た。


「リョーマ、懐かしいな」

「うん。あの大会、まだ憶えてるよ」

「そっか。お前、ガキのくせして強かったからなぁ……」


俺とビリーが英語で話していると、困惑気味の桃先輩が話しかけてきた。


「越前、この人と知り合いなのかよ?」

「うん。アメリカに居た時の友達…かな」


ビリーと懐かしそうに話していると、国光が近くまで来た。

何となく、ビリーの後ろに隠れてしまう。


「久しぶりだな、皆…」

「ふふ、お帰り。手塚」

「何かまたでかくなったな、くっそ〜!」

「ふむ…渡米前よりも筋肉がしっかりと付いたね……」


メンバー一人一人と、言葉を交わしていく国光。

俺に気付いて、視線を落としてきた。


「ビリー、お前の知り合いか?」

「「「「「「「「?!!!」」」」」」」」

「手塚…今のは酷いんじゃないかっ?」


大石先輩が、焦って言った。

他の先輩達も、非難の声を荒げた。


「何なんだ、一体…?俺はそんな奴、知らんぞ」


本当に知らない口ぶりで言う国光。

…最低、捨てた相手だからって、そこまで酷い仕打ちする?

何か、悔しくて涙も出ないよ…。


「…悪いな、国光のことは後で話すから、取り敢えず東京に行こう。俺達、疲れてるんだ…」


ビリーに言われ、仕方なく詰問を止めた先輩達。

国光はホッとしたように息を吐いた。












































ビリーは国光の家に泊まるようで、そこへ向かった。

国光を先頭に家に入り、部屋へ入る。

そこになってやっと、ビリーは重そうに口を開いた。


「え…?国光が………?」

「あぁ、恋人の『越前リョーマ』のことだけ忘れてるんだ」


まさか…そんなこと…。

聞きたくなかった。嘘だと信じたかった。

視線を合わさなくてもいい、会話が出来なくってもいい。

ただ…国光を一目見られればいいと思ってた。

…でも、そんなのあんまりだよ…


「それで、俺は国光にリョーマのことを思い出させる為に日本に来たんだ」


ビリーは、少し遠慮がちに言った。

多分、俺の反応を見てる。

国光は自分は話に関係無いと言うように、窓から外を眺めていた。

先輩達も焦っている。…だって、俺のことだけを忘れてるんだから。


「…別に思い出す必要、ないッスよ…」

「「「「「「?!」」」」」」

「俺のこと、俺との時間…忘れたかったんっすよ、きっと。だから事故の弾みで忘れたんすよ…」

「リョーマ…。だが、国光はな…?」

「いいんだ!思い出して欲しくない!!!」


俺が強く言い放つと、国光が驚いたようにこっちを振り返った。


「…何なんだ、一体…。騒ぐなら他所でやってくれないか?」


まるで、他人事。

そうだよ、俺と国光は今、他人。

だからこの科白を咎める事は、誰にも出来ない。

それでいいんだ。明らかな同情って嫌いだから。


「………俺、帰るッス…」


立ち上がる時、込み上げてくる熱いものを我慢した。

…だって、ここで泣いても意味が無い。

国光には、俺が泣く理由なんて判ってないんだから。


「リョーマ…国光、お前のことをよく話してくれてたんだ」


ビリーの声が、耳に残る。

でも、そんなのに騙されないよ?

俺は…国光に捨てられたダッチワイフ同然の存在なんだから。


「国光…そのままでいいからね」


俺の科白の意味を、今の国光が理解するとは思えない。

だけど…俺の見た国光は困ったように一瞬笑った。

その瞬間、涙が止め処なく溢れた。

その場から逃げるように走った俺。

国光さえ思い出さなければ…もう失うことも傷つくこともない。

だから…、


「…っ…国光…!」


俺を…忘れていて………